何の変化もなければ時間は認識できない。
写真の中に時間の流れを感じないように。
ただ、現実時間は常に流れていて、
今こうしている間もすごいスピードで
その瞬間瞬間が自分の手中に入っては流れ出て行く。
時間はなぜか過去から未来には流れない。
だからその瞬間が手中に入っている一瞬を掴み取っていく必要がある。
時間は変化を以って知覚されるなら
変化がなければ時間は流れない。
時間の流れるスピードは変化のスピードと同じと考えていい。
相対性理論によれば光速に近づくほど(且高い高度の位置ほど)、
時間が流れるのが遅い。
また、物質の移動限界速度も光速と同様。
月にめっちゃ長い棒を伸ばして後1cm押せば月に接触できるとする。
地球側でその1cmを押すと同時に月に棒は届くか、というと届かない。
棒が押されても先端部分が月に届くのは光が届くスピードと同じ。
要は、押した瞬間は押した分棒が短くなっている。
ここで逆に考えれば、押した瞬間と届いた瞬間は同時だと認めるべき。
棒が短くなることを認めるよりも現実的な考えだと思う。
ということは、棒を押した瞬間地球に居て、
光速で月に行けば棒が届いた瞬間を見ることができる。
同時である2点を見れるということは、
光速で移動している間、時間は止まっていたと考えられる。
また、仮に原子や分子の移動限界速度が光速なら、
光速では変化を知覚できないこともわかる。
実際は、相対性理論では光速に近づくほど時間が流れるのは遅くなるだけで止まるとまでは言われていないが。
要は時間は変化によって知覚されるものとするなら、
時間の流れるスピードは光速だと言える。
時間は絶えず光速で今自分の手中を流れていく。
人生を生きるうえでタイミングというものが必要なら、
光速で流れる一瞬のタイミングを掴み取っていく必要がある。
光速で流れるものをボーっとしていて掴めるはずはない。
活目せよ。
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